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東京高等裁判所 昭和63年(ネ)491号 判決

控訴人 入江ミツ

右訴訟代理人弁護士 飯原一乗

木村峻郎

池原毅和

高橋伸二

高橋勉

高橋勝男

被控訴人 山下善久

右訴訟代理人弁護士 清水建夫

森岡信夫

湯川二朗

主文

本件控訴を棄却する。

原判決主文第一項を次のとおり更正する。

控訴人は、被控訴人に対し、被控訴人から金八五〇九万八八八〇円の支払を受けるのと引換えに、原判決別紙物件目録一記載の土地及び同目録二記載の建物を引き渡し、かつ、右土地及び建物について、昭和六一年二月二八日売買を原因とする各所有権移転登記手続をせよ。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

第二当事者の主張

次のとおり付加、訂正するほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一  原判決三枚目裏六行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「4(一) 本契約は、売主である控訴人の買換物件である新住宅の購入契約が本契約に不可分に付帯するいわゆる買換特約付売買であり、新住宅購入契約の不成立が当然に本契約を失効させ又は売主に解除権を生ぜしめるものである。

(二) 控訴人は、右買換特約の期限である昭和六二年一二月二五日までに、新住宅の購入ができなかったから、右解除条件は成就した。仮にそうでないとしても、本件売買代金では、もはや買換物件である土地の購入が不能となり、控訴人が昭和六一年一一月下旬頃、被控訴人にこれを通知したから、右解除条件が成就した。

(三) 控訴人は、昭和六一年一一月二九日、その代理人堀静により被控訴人代理人清水建夫に面談した際、及び昭和六三年九月一日の本件口頭弁論期日において、それぞれ本契約を解除する旨の意思表示をした。

5(一) 本契約は、買換目的のものであって、新住宅の確保が控訴人に死活問題であるところ、控訴人は、本契約後、新住宅を購入するため、相当期間にわたり努力を尽くしたが、本契約直後より、当事者が予見できず、我が国で経験したことのない地価の暴騰が進行し、契約時に坪当たり一〇三万円であった本件土地が、一年後の昭和六二年二月頃には約四倍の坪当たり四〇〇万円、二年半後の昭和六三年七月現在では約三倍の坪当たり三〇〇万円と著しく変動し、本件売買代金で新住宅を購入することはもはや不可能となった。

(二) 本契約は、控訴人が模型品販売店を経営する息子及びその家族らと同居するための店舗兼用住宅に買い換えることを目的としており、右買換購入する土地と建物について、その地域、地形、位置及び構造、規模等について、控訴人及び息子と住友不動産販売株式会社(以下「住友不動産」という。)とが協議を繰り返し、購入物件の検討を進めてきた。控訴人は、本契約に一年一〇か月に及ぶ長期の最終履行期限を設け、少額の手付金でこれを締結したが、右履行期間内における地価の著しい高騰につき帰責事由はない。

(三) 控訴人は、本件土地・建物のほかに資産、収入はなく、その住居は右建物以外にない。他方、被控訴人は、大手金融機関の幹部職員で、投資を目的として本件土地を購入したものと認められ、昭和六一年一一月末頃、川崎市生田地内に代金六〇〇〇万円で住宅を購入して家族とともに居住しているのであって、被控訴人に本件土地を取得させることは、短期間にわずか一〇〇万円の手付金の投資で不労の暴利を取得させることになる。控訴人は、昭和六一年一〇月二四日頃から、被控訴人に対し、事情変更を理由に本契約の解除を求めて手付金の倍返しを申し出るとともに、媒介業者も控訴人の身を案じて手付倍返しがだめなら一〇〇〇万円ないし二〇〇〇万円の手切金で本契約の解除を承認するように打診したが、被控訴人は、これを直ちに拒否した。このように、本契約の基礎となった事情が一変した現在、控訴人を本契約に拘束することは著しく信義公平に反する。

(四) そこで、控訴人は、昭和六三年九月一日の本件口頭弁論期日において、事情変更を理由に本契約を解除する旨の意思表示をした。

6(一) 控訴人は、本件土地・建物を売却し、息子の居住する日野市南平地内の豊田駅周辺に息子と同居するための住宅を買い換えて転居することを契約媒介業者である住友不動産に依頼していたものであり、同社が三か月以内に必ず新住宅を見つけると明言したので、これを信じ、控訴人所有の本件土地・建物の売却と新住宅の購入を不可分のものと考え、買換特約売買の意思をもって本契約を締結したものである。しかるに、本契約が、被控訴人の主張するように、新住宅の購入と切り離された独立の住宅売買契約であるならば、それは控訴人にとって右の点に重要な錯誤があり無効である。

(二) 控訴人の本件土地・建物売却の動機は、息子の住む日野市豊田駅周辺に息子家族と同居するための店舗兼住宅を購入することであり、これは、明確に買主である被控訴人に表示されていたから、本契約直後の予期しない地価高騰により本件売買代金で買換が不可能となったことは、本契約にあたり表示された重要な動機に錯誤があったものとして、本契約は無効である。

7(一) 本契約においては、控訴人の買換物件についての契約締結が重要な内容とされているが、最終履行期限とされる昭和六二年一二月二五日までに新住宅の購入契約ができない場合に本契約をどうするかについての定めが全くなされておらず、本件は、本契約についての契約書第一三条にいうところの「契約に定めのない事項」に当たり、被控訴人は、右条項に基づき信義誠実に従って控訴人と協議し、妥当な解決を図る義務がある。

(二) しかるに、控訴人が右最終履行期限内の昭和六一年一〇月二四日頃から、解約金を提示するなど、新たに生じた不測の事態に対し善処、協議しようとしてきたが、被控訴人は、これを一蹴して取り合わない。」

二  同三枚目裏末行の次に行を改めて次のとおり加える

「4 同4(一)、(二)の各事実は否認する。

5 同5(一)ないし(三)の各事実は否認する。我が国においては、地価の高騰はいわば周期的に発生しており、本件土地・建物の存する南多摩地区の住宅地の前年比別上昇率は、昭和六一年七月一日期において二・一パーセント、昭和六二年七月一日期において二九・二パーセントとなっており、公示価格により、本件土地の直近の多摩市桜ケ丘一の五七の五の土地の地価の対前年上昇率をみると、昭和五七年頃から一貫して三パーセント以上の割合の上昇率を示し、昭和六〇年一月一日から昭和六一年一月一日の間には上昇幅が五・七パーセントと大きくなり、昭和六一年一月一日から昭和六二年一月一日までは二八・七パーセントとなっているのであって、本契約時において、持続的に地価の上昇があり、その後の上昇も十分予見できたことがらである。そして、控訴人が新住宅の売買契約を締結できなかったのは、控訴人と息子齋藤重義の意見がなかなか一致せず、いたずらに時間が推移したという事情によるものである。

6 同6(一)、(二)の各事実は否認する。

7 同7(一)、(二)の各事実は否認する。」

三  同四枚目表五行目の「売主」を「買主」と改める。

四  同六枚目表三行目の末尾に次のとおり加える。

「本契約の売買契約書第七条第二項の実測売買の特約条項は、八五〇〇万円の売買代金額決定後、もっぱら被控訴人の要望により付加されたものであり、被控訴人のした測量とその費用の支払は、買主たる被控訴人の本来的、基本的義務である代金支払義務とは関係がなく、売買契約の準備行為であって、履行の着手に当たらない。仮に、右測量が被控訴人の代金支払義務に関係があるとしても、それは代金額の清算を行うためだけのものであり、代金額の清算は、ひとり買主だけのためのものではなく、売主にも重大な関係があるものであるから、測量は買主である被控訴人の履行の着手とはいえない。仮に、右測量が外形上履行の着手といえるとしても、その履行の着手は軽微であって、民法第五五七条にいう履行の着手として解除権を奪うことにならない。仮にそうでないとしても、被控訴人が履行の着手があったと主張することは、右の点及び本件当事者にみられる前記諸事情にかんがみ信義誠実の原則に反する。」

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因事実については、当事者間に争いがない。

二  そこで、抗弁について検討する。

1  錯誤の主張について

(一)  《証拠省略》を総合すれば、控訴人は、本件土地・建物及び長男重義が所有する土地、建物を売却し、同人が居住する日野市南平地内の豊田駅近くに土地を購入して店舗兼住宅を構え、そこに長男家族とともに居住したいと考え、昭和六一年二月頃、住友不動産に対し、本件土地・建物の売却及び新住宅地の購入につき媒介を依頼したところ、同社八王子営業センターの担当者から、二、三か月で買換物件は十分見つかる旨述べられたので、同会社の媒介により、被控訴人との間で本契約を締結したことが認められる。

しかしながら、控訴人が、新住宅の購入を目的として本契約をしたというにとどまらず、本件土地・建物の売却と新住宅の購入を不可分のものと考え、新住宅の購入契約ができなければ売却契約も効力を失うという認識をもって、いわゆる買換特約付の売買をする意思で本契約を締結したとの点については、当審において控訴人本人はこれに一部副うような供述をするが、にわかに採用できないし、他にこれを認めるに足りる証拠はないから、控訴人に要素の錯誤があるとの主張は採用できない。

(二)  《証拠省略》によれば、控訴人が本件土地・建物を売却する動機は、長男重義の居住する日野市豊田駅近くに同人家族と同居するための店舗兼住宅を購入するためであり、その趣旨が本契約に際し作成された不動産売買契約書、専任媒介契約書の各特約条項の記載にも表わされていたから、被控訴人においてこれを了知していたことが認められる。

しかしながら、本契約成立時に本件売買代金による買換物件の購入が客観的に不可能であったという事実を認めるべき証拠はなく、控訴人が主張するように、本契約後に予期しない地価高騰により本件売買代金での買換えが不可能となったとしても、それは本契約後の事情の変更を主張するものにすぎず、本契約の成立時において控訴人に錯誤があったとする事由とは認められないから、控訴人のこの点の錯誤の主張も採用できない。

2  解約手付による解除の主張について

(一)  抗弁1及び3の各事実については、当事者間に争いがない。しかし、同2の事実については、《証拠省略》によれば、控訴人主張の頃、控訴人の意を受けた住友不動産の担当者が被控訴人と本契約の解消について話し合ったことは認められるが、その際本件手付金の倍額を提供して解除の意思表示をした事実を認めるに足る証拠はない。

(二)  そこで、再抗弁1について検討する。

《証拠省略》を総合すれば、本契約締結の際、被控訴人、控訴人及び仲介をした住友不動産担当者間において、控訴人の解除権は全く話題にならず、本件契約書には本件手付金の趣旨についての記載はなく、被控訴人に交付された重要事項説明書には買主である被控訴人は売主が契約の履行に着手するまでは手付金を放棄して契約を解除することができる旨記載されているが、売主である控訴人が解除権を有する旨の記載はなかったこと、控訴人は新住宅地を購入する資金に被控訴人から支払われる本件売買代金を充てることを予定して本契約を締結したもので、本契約締結に際し、被控訴人も控訴人も、手付放棄又は手付倍返しにより本契約を解除されるという事態は予想していなかったこと、本件契約書には、債務不履行の場合は契約を解除することができ、その場合には違約金として売買代金の一割を支払う旨が定められているが、本件契約書は、媒介に当たった住友不動産があらかじめ必要条項を定型的に印刷したものを使用したことが認められる。

右認定事実に本件手付金一〇〇万円が売買代金八五〇〇万円に比してかなり少額であること、本件土地・建物の引渡時期及び代金支払方法の定めが通常の売買契約に比して売主である控訴人の利益に偏していると考えられることを併せると、売主である控訴人が手付倍返しによる本契約の解除権を有しない旨の黙示的合意があったものと解することも、考えられないではない。

しかしながら、右認定事実によれば、被控訴人は、本件手付金を放棄して本契約を解除することができることは重要事項説明書に明記されているのであり、本件手付金が片面的に被控訴人のためにのみ解約手付たる性質を有するものと解することには合理的理由がなく、また、もとより手付金の額については、宅地建物取引業法三九条一項が一定の場合につき代金の額の一〇分の二をこえる額の手付の授受を制限しているほか法律上の制限がなく、売買代金額に比して少額であることによって直ちに手付の性質が左右されるものではないことにかんがみると、本件手付金をもって解約手付と解することができるものというべきである。したがって、再抗弁1は採用できない。

(三)  次に、再抗弁2について検討する。

再抗弁2(一)の事実については、当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば、住友不動産においては、本件土地がもと京王不動産の分譲地であり、その登記簿上の地積は分譲時の実測に基づいて定められたものであったため、本件契約書には、本件土地の地積を登記簿どおり二六四・〇七平方メートルと表示し、代金額は双方の希望価格を歩み寄らせて八五〇〇万円と一応定めたが、被控訴人から、古い分譲地であるから改めて本件土地を実測し、実測地積に基づいて代金額を最終的に確定したいとの希望が出、控訴人側は測量費用を被控訴人が負担することを条件にこれを承諾し、これに基づいて請求原因1(四)の特約がなされ、被控訴人側により、再抗弁2(一)のとおり実測がなされ、請求原因2のとおり売買代金額が確定されたものであることが認められる。

そして、《証拠省略》によれば、被控訴人は、その勤務先の社宅に入居していたが、その社宅管理規程では、満四五歳に達する日の属する月の末日に社宅の貸与が終了するとされており、その時期が近付いて来たため、転居先を求めて本契約を締結するに至ったところ、本契約締結の前年の八月に自己所有の山林を売却してその代金約四一〇〇万円を所持していたほか、手持の株式及び預金を有し、更に、必要な資金については勤務先からの融資を受ける手続もし、控訴人から連絡があれば本件売買残代金の支払がいつでもできる状態にしていたこと、被控訴人は、昭和六一年一〇月三〇日控訴人に到達した書面で本契約の履行を催告したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右争いのない事実及び認定事実によれば、被控訴人が本件土地の境界の確定、測量に立会い、測量費用を被控訴人において支払ったことは、代金額の確定のためにとくに必要なこととして合意された本契約の条項に基づき、客観的に外部から認識しうるような形でその履行ないし、その履行のために欠くことのできない前提行為をした場合に当たるものというべきであり、更に、前示のとおり、控訴人主張の頃、控訴人の意を受けた住友不動産の担当者が本件手付金の倍額を提供して本契約の解除の意思表示をしたと認めることはできないところ、被控訴人が高額の売買残代金をいつでも支払える状態にして控訴人に本契約の履行を催告していることによって、被控訴人は本契約の履行に着手したものと解するのが相当であり、右測量費用が売買代金に比較して少額であることはこのように解することの妨げにはならないものというべく、また、右事実関係のもとでは、被控訴人が右履行の着手の事実を主張することは信義誠実の原則に反すると解することができず、再抗弁2は理由がある。

3  いわゆる買換特約による解除の主張について

前記二1(一)で判示のとおり、本契約につき控訴人主張のような買換特約付の合意がなされたと認めるに足りる証拠はないから、その余の点を判断するまでもなく、控訴人の解除条件の成就及び解除権の行使の主張は採用できない。

4  事情変更による解除の主張について

《証拠省略》によれば、本契約は、買換目的のものであり、控訴人が新住宅の確保をすることが重大な問題であるところ、控訴人は、本契約締結の前後頃から、新住宅を購入するため、長男重義とともに、住友不動産に依頼したり、知人に介したりして相当期間にわたり多数の物件の紹介を受けたが、昭和六一年から昭和六二年にかけて、首都圏を中心として、地価の上昇が進行し、昭和六一年九月頃、本件売買代金をもって新住宅を購入することを難しいと考えるようになったこと、控訴人は、本件土地・建物を一部アパートとして他に賃貸していたが、昭和六一年七月頃にはすべて退去してもらい、他にさしたる資産、収入もないこと、他方、被控訴人は、株式会社日本長期信用銀行の子会社である株式会社長銀経営研究所に勤務し、昭和六一年一一月二七日付で、川崎市多摩区生田八丁目に代金六五〇〇万円で宅地、建物を購入し家族とともに居住していることが認められる。

ところで、ある契約の基礎となる事情が一般の予想を超えて激変し、契約当事者にその契約の履行を要求することが苛酷であると認められるに至った場合には、信義誠実の原則に照らして、契約当事者に当該契約を解除する権利があるものと解するのが相当である。

前記認定事実によれば、控訴人が被控訴人と本契約を締結した当時とその後の時点では、地価の上昇により、本契約の基礎となる事情に相当の変動が生じたことがうかがえる。

しかしながら、控訴人が主張するように、本件土地が本契約の一年後の昭和六二年二月頃に坪当たりで約四倍の四〇〇万円にまで変動したと認めるに足りる証拠はなく、更に、《証拠省略》によれば、我が国では、地域による差はあるものの、地価の高騰が周期的にみられ、本契約の締結された直前である昭和六一年一月二二日付朝日新聞において、地価動向は、都心商業地と周辺部という二極分化のパターンに代わって、全面的上昇の恐れもはらんできたなどと報道されており、本件土地の近くである多摩市桜ケ丘一の五七の五の住宅地における公示価格をみると、昭和五七年頃から昭和五九年頃までは毎年三パーセント以上の割合による上昇率を示し、昭和六〇年一月一日から昭和六一年一月一日の間には五・七パーセント、昭和六一年一月一日から昭和六二年一月一日の間には二八・四パーセントの各上昇率を示しており、控訴人が買換物件の媒介を依頼していた住友不動産の担当者も、本契約締結の頃から、周辺の地価が上昇傾向にあることを認識し、控訴人の長男重義に対し、多数の物件を紹介しているのであって、そのうち数件については同人において買受けてもよいと考えたが、控訴人と意見が一致しなかったために購入するに至らなかったことが認められる。これらの認定事実によれば、控訴人が主張する本件地価の上昇は、控訴人にとって、ある程度予想しうる事態であり、控訴人が新住宅地を購入することが必ずしも不可能であったともいえないのであるから、控訴人に本契約の履行を求めることは苛酷であると解することはできない。したがって、控訴人の事情変更を理由とする解除の主張は採用できない。

5  抗弁7(一)(二)について

《証拠省略》によれば、被控訴人は、本契約を媒介した住友不動産の担当者から本契約の最終履行期限が契約締結日より一年一〇か月後と提案された際、それが長期にすぎるものであるとして反対し、契約を断念する意向を示したが、右会社が昭和六一年九月三〇日までに控訴人の買換物件を探すように努め、同日までにその購入契約が締結されない場合は、本契約の媒介に対する約定の報酬を支払わなくてもよいと被控訴人に対し約束したので、本契約を締結したことが認められ、この事実に当事者間に争いのない請求原因事実及び被控訴人と控訴人が本契約の際に取り交わした不動産売買契約書、覚書の各文言を総合すると、控訴人は、本契約の特約条項により、買換物件が右最終履行期限より前に取得できた場合には、被控訴人から本来の残代金支払期日より前にその支払を受けることができ、本件土地・建物の引渡についても代金支払後五か月間延長を受けることができるが、控訴人が、買換物件を取得できないかこれを取得しようとしない場合は、本来の条項により、最終履行期限の昭和六二年一二月二五日に被控訴人から残代金の支払を受けるのと同時に本件土地・建物の所有権移転登記手続をし、かつ、同物件のすべてを被控訴人に引渡すべき旨合意したものと認めるのが相当である。これに反し、控訴人が主張するように、控訴人が右最終履行期限までに買換物件を取得できなかった場合には、本契約に定めのない事項に該当すると解するのは、高額の資金を長期間準備する必要のある被控訴人の立場を著しく軽視するものであり、公平にも反し、到底採用することはできない。

三  よって、被控訴人の本訴請求は理由があるから認容すべきであり、本件控訴は理由がないから棄却し、なお、本訴は、訴え提起時には将来の給付を求めるものであったが、既に現在の給付を求めるものとなったことが明らかであるから、原判決主文第一項を本判決主文のとおり更正することとし、控訴費用の負担につき、民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野田宏 裁判官 川波利明 裁判官米里秀也は、転補につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 野田宏)

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